保険業界の彼とオレ
二月に実施されるインターンの一次選考会に行った。
損害保険大手の会社だ。
一浪している自分の周りには様々な企業の内定者がいる。そのうちの一人に紹介してもらった。
一応彼の後輩枠ということで、選考に少し影響があるらしい。
朝の満員電車にスーツで乗り込む。
サラリーマン、学生、その他自分のアイデンティティがある者と比べて、リクルートスーツを着る者は、まだ何者でもないのだ。
そんなことを考えてるうちに電車は新宿に到着した。
新宿から15分ほど歩くと、大きなビルが見えてきた。
流石は大手企業だなと感じながら会場の控室に向かう。
控室にはすでに数人が待っていた。
選考の詳細にはグループディスカッションとの記載があったので、今日はこの人達とディスカッションをするのかなどと考えていた。
隣の女性はノートに書かれた何かを必死に読んでいた。
自分の志望動機を暗記しようとしているのか業界分析を確認しているのかは定かではなかったが、彼女からはいわゆる本気度を感じた。
周りを見れば他の人達も同じようにノートと必死ににらめっこしていた。
かくいう俺はカバンの中身もほぼ空っぽといっていいため、スマホで時間を何回か確認する以外は、虚空を見つめていた。
周りの人に感心して、こういう人たちが受かっていくのだろうなと感じつつも、なにもしていない自分を恥じる気分でもなかった。
時間が来て、人事の人が入ってきた。
個別に名前を呼んだり、二人一組で呼んだりしていた。
(あれ、グループディスカッションじゃないのか?)
と考えながら自分の名前が呼ばれるのを待った。
自分の名前は身長178cmくらいのさわやかな青年の名前と共に呼ばれた。
人事の誘導で会場に行くと、面接官と志望者が対面で座るブースがいくつかあり、簡易面接のようなものが同時に行われていた。
グループディスカッションではないことを完全に悟った自分は焦りが出ていた。
前日の夜に、損保業界の研究をまとめたサイトを一読しただけの自分に話せることなどひとつもなかったからだ。
(マジか、キッツ、、)
さわやかな彼と横並びに座り、簡易面接が始まった。
どうやら、インターンの志望動機と学生時代に頑張ったことを聞かれるらしい。
さわやかな彼が最初だった。
「私が御社のインターンシップに応募させていただいた理由は二つあります、、、」
何度も練習したことが伺えるようなきれいな志望理由だった。
改めて本気度を感じる。
強いて弱点をあげるならば、オリジナリティにかけるところだろうか。
どこかで聞いたことがある話だった。
次にオレの番になった。
彼と完成度を勝負しても結果は火を見るより明らかなので、自分が思っていることを正直に話すことにした。
自動運転技術による安全性の向上と保険料の低下、災害大国日本で保険を売る上での今後の方針などに興味があると言った。
学生時代力を入れたことはめっちゃ適当に話してしまった。
「正直俺はこんなもんです」と正直に言ってしまうほうがいいのではと現時点での自分は考えている。
面接が一通り終わり、面接官の方がフィードバックをくれた。
さわやかな彼には、文字通りさわやかで印象が良いと言っていた。
(まあ、そうだよな、いいやつそうだし)
そして、俺には「今まで人事をやってきたが、初めて見るタイプ。謎の落ち着きを感じる」という趣旨のことを言われた。
正直びっくりした。面接にも慣れていないし、横のさわやかな彼に圧倒されていた自分にはあまりしっくりこない言葉だった。
面接が終わり、エレベーターでさわやかな彼と同じになったので声をかけてみた。
相変わらずの好青年で話は弾んだ。
まさかの同じ大学だった。
不思議な縁のおかげで新宿までの15分は退屈しなかった。
彼は生命保険業界が第一志望らしい。
話を聞くうちに保険業界のさわやかな好青年にますます見えてくる。
それを彼に伝えると少し恥ずかしそうにしていた。
きっと彼にも色々困難はあるのだろう。
でも彼はきっと保険業界をさわやかに駆け抜けていくのだろうと感じた。
(オレはどうなるんだろう?)
素朴な疑問と不安。
彼と別れた後、俺は新宿の虚空をもう一度見つめた。